000:さやさや


素性のあきらかでない大人同士が、酔いにまかせ、恋なのか慰め合いなのか判別しがたい微妙な時間をともにすごす、男には謎めいた部分があり、女は少女だったころに接した叔父を思い出しながら、同じように男と名付けがたい関係を結ぶ。

筋書きの面白さはよくわからない。しかし重要なのは筋書きではないと思う。 この小説にはかぎかっこがない。地の文とせりふはまざっている。別々にあるものをまぜあわせることが作品の主題になっている。 「歩きましょうか、何もないですね」という象徴的なやりとりから深まっていくふたりの道行きには、めだった起伏や激情や痛みや成長はなく、細部しかない。温度や湿度や音や匂いの描写で埋め尽くされる。中には何かの説明ですらない描写もある、「細くもならないし太くもならない道」「メザキさんである人」「歩いている自分らしきものを、歩いている自分の中にある自分が知って、驚く」などは、世界がそこにあることを確かめるためだけにある文だ。

多く登場する固有名詞のなかでも、動物が重要な役割をはたす、蝦蛄から始まり、馬、牛、犬、カエル、らくだ、終盤に「水に沈む小さな生き物」が登場するときには 、もう現実と記憶と幻は生卵をかきまぜるように、まざっている。最後は、雨の中でおしっこをして、世界と自分のさかいめがなくなる。いやになるほど緻密な仕事だ。