000:望潮
老婆が保証金めあてで車に当たりに来るという異様な慣習をもつ蓑島を訪れた古海先生の思い出話と、一〇年後、生徒が実際にそこに行って見た異なる島の風景が語られる。
すごい言葉のセンスだ。特に海岸がワカメで埋め尽くされた「毛の生えた島」と、箱車を押した「特攻ばあさん」というイメージは強烈だった。
そのなまなましさの一方、どこか信用ならない語り口だ。生徒のふたりは実際に行った蓑島で特攻ばあさんたちには出会えず、先生にも、生徒にも実相はわからない。蓑島の島民は何かを隠していそうだし、海岸で出会った老婆の、アマの思い出も本当なのかどうか。もしかしたら一〇年前の、タクシーの運転手の話がそもそも本当ではないのかもしれない。
それどころか、先生も生徒も、夢のような風景を語っていただけかもしれないと思わせる危うさがあり、読んでいるほうを戸惑わせる。ただ「つ」の字に曲がったおばあさんの肉体のかたちと、ラストで先生の「妻」がふっとどこかへ消える不安さだけが異様にリアルだった。
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