000:百年泥
借金返済のためにインドで日本語教師をすることになった女性が、職場までの道にある橋に、洪水で溢れた泥の隙間を進みながら、橋を渡り終えるまでの話。
もし千年泥だったらきっとSFになってしまうし、一〇年泥だったら身近すぎてしまう。100年とは場所も時代も言葉もまやかすことができる魔術的な時空間なのだろう。次の百年泥が押し寄せるとき、そこからすくい出される有象無象のなかに、主人公と恋人になったデーヴァラージもいるに違いない。
泥にはありえたはずの言葉や出来事が埋蔵されていて、なんと主人公の元夫まで埋まっている。時間と場所のない記憶装置で、クラウドに近い。洪水と泥は全く土着的なモチーフだが、実は作者は情報化された世界観を強く意識していると思う。
さらに、その元夫がインド人と間違えられまくるところが痛快だった。泥の中は誰にとっても自分の物語であり、誰の物語でもない。この泥は書物だ。僕たちは文字を混ぜ合わせてこの百年泥をつくろうとしているのだ。
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