000:劇場


うだつの上がらない劇作家と、役者を目指して上京してきた少女が、お互いの屈折によって惹かれ合い、やがてゆっくりと挫折してゆく。

この小説には幸福なセックスもない。手を繋ぎ合うシーンすらきわめて少ない。それでも永田とサキのふたつの存在は激しくもつれあいこじれる恋愛小説なのだろう。 現代において、人間がどのように破滅するかを執拗なまでに微細に描いた小説である。

永田は働かないし、ヒモであり、暴言を吐くし、都合の悪いメールは無視するし、謝らない。自分のおかれているみじめな状況を気にしながらも努力は続かず、挫折慣れしている。そして自分の不安を他人にあたることで解消しようとする。ナガタはクズだ。そのディテールが鮮やかだ。サキに対する甘ったれた言動には怒りを覚えるし、言われっぱなしのサキを慰めたくなる。元もと同じ劇団にいた青山がせっかく出版した処女作に対して「雑貨屋においてあるオシャレな小さじ」「喫茶店の壁紙」と悪口を抜かすなど、読んでいる方が単純に傷つくようなことを書いてくる。作者は性格が悪い。

 そしてこの小説は数限りないナガタのクズな行為と同じくらい、クズはどういうことを考えて生きているのかという内面の書き込みが緻密だ。クズは無意識にクズなのではなく、自分のクズ加減を正当化する精神的支柱を持っている、それは非常に切実で清潔な内面世界だったりする。ナガタの中と外のふたつの世界は舞台と観客席のようには分けられない。目を閉じても外側に世界はあり、それは赤い光としてうごめいている。へだてるのはあいまいなまぶたの膜でしかない、この小説のファーストカットのとおりだ。 

だからこそラストシーンのサルの仮面はまさに冒頭に対する答えだろう。目の孔だけがひらいた仮面に顔を隠し、その内側からナガタは、自分が壊してしまった愛する人を直視する。そして彼女のために必死で笑わそうとふざける、しかしその必死さは懺悔やプロポーズや告白ではなく、まさに演技としてあらわれる。緻密すぎる。